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スタッフの日々の活動についてお伝えするトピックスです。

本社営業課 営業 松尾 拓哉

ソフトなスマイル王子。 実は、「運命」「熱意」「スピード」の営業パーソン

明るくて爽やかな松尾さんです。小さいころは王子様だったのでは(笑)?

今の山陽小野田市、竜王山の近くできららビーチの近くが実家です。友だちと野球をしたりテトラポットの中に秘密基地を作ったりして遊んでいました。海って、何でも流れてきますからそれが面白くて。あと、地元ではお父さんが漁師という家庭が多く、漁船に乗せてもらったりもしました。大きくなったら漁師になりたい、とあこがれていました。 ただ中学校に進学するときに、「周囲に流されるのではなくて自分を変えたい」と思い、宇部の慶進中学校を受験して入学しました。小野田から宇部まで、6年間自転車で通いました。

漁村のふるさとから外の世界への出航。学校生活はいかがでしたか?

片道1時間、橋を4つ越えて通っていました。学校はとても楽しくて男女とも仲がよくて、先生方にもずいぶんかわいがっていただきました。勉強も楽しくてクラスではムードメーカー的な感じで。今でも同窓会などよくありますし仲間はたくさん集まりますね。クラブはサッカーをやっていました。高校2年で試合中に顎の骨が折れる大けがをしてしまい、そこからすこし裏方に回って3か月マネージャーをやったりして、それがちょっと大きなことでしたね。

将来の夢とかやりたい仕事とかは何でしたか?

英語が得意で、特にリスニングでは全国1位をとったこともあったので、英語を学んでツアーコンダクターなどの仕事をしたいと思い、北九州市立大学の英米文学学科に進みました。

とても順風満帆な人生の歩みですが、HARADAへの道のりは?

大学生活も、学生は女子が多くてとても楽しくて(笑)留学資金を貯めようと結構様々なバイトをしていました。そこで、当時の彼女と結婚することになりまして、大学を中退して、働いていたイベント設営会社に就職しました。ところがその現場で大けがをしまして…当時は安全帯って1本釣りのものがまだ多かったんです。それが外れてしまって…

高校時代につづきまた大けが…安全帯の重要性を感じたことがHARADAに?

その頃プライベートでも色々あって、結局シングルになりまだ小さかった子供といっしょに小野田の実家に戻ってきまして、地元で求職活動をはじめました。学校へいってCADの技術資格も取り、建設関係分野を考えていたのですが、あるとき友人が「カタログ撮影助手のバイトにいってきた」といってその制作物を見せてくれました。それがブルブロスのパンフレットカタログだったのです。 それを見て、もの凄く衝撃を受けて、感動したんです。

ブルブロスのパンフレットは、何が衝撃的だったのでしょうか?

今までの「作業服」イメージを全く打ち破って、スタイリッシュでカッコイイコンセプトに感動しました。「これはすごい、HARADAってどんな会社なのだろう?!」とすぐ検索してみました。すると、なんと「求人」がでていたのです! 僕はもう、これは「運命」だと思いました。

たしかに「ブルブロス」はワークウエアの革命児でメッセージ性がありますね。

高校生の時にアルバイトをしていた会社とHARADAが繋がっていたこともあって、すぐアクションを起こして面接を受けました。他の建設関係も受けていましたが、心はHARADAへと決まっていたのでお断りして。面接ではもう「ブルブロスが好きです!」とその熱い想いを強く伝えたい、一貫していましたのでその一心でした(笑) 最終面接では原田社長が、ご自身で使われていた営業カバンを譲ってくださったのです。もうこれは大感激でした。

入社しての印象はいかがでしたか?

みなさんよくいわれていますが、本当に仲がよくてアットホーム。自分にも溶け込みやすくてすぐなじめました。そして、ただ仲良し集団なのではなくて、チャレンジ精神が強く、企業として目標やビジョンを明確に持っているところが素晴らしいと思います。面接時から、そのビジョンを熱く語ってくださったことが心に響きました。

入社は2016年7月下関営業所。営業という職種に不安はありませんでしたか?

建設現場やイベントの設営現場などは、「指示を安全に正確に迅速に遂行する」仕事です。そこでは「うまくやればそれでひとつおわり」という感じです。しかし、営業というのは全くゼロから「仕事を自分で創造して提案する」仕事です。だから、最初はすごく不安でした。でも本当にがんばるしかない。下関の山本課長にしっかり報連相を続けました。半年後くらいに、自分で飛び込み営業をして新規開拓したキロクというレンタル機材リースの会社から、ついに大きな受注をいただきまして、それが大きな自信になりました。

どのような営業活動だったのですか?

とにかく、最低週2回は通いました。最初は会社案内、広報紙『ON!』、イベントご案内…始めたころはキーマンもわからず受付の方も取り次いでくださらなかったのですが、だんだん取り次いでくださるようになりました。そして、最終決裁者の取締役の方が「制服の相談をしたい」とご連絡くださったときには驚きました。担当者は、総務の課長の方だと思っていたのです。

粘り強さが実を結んだのですね。他に、営業活動で心がけていることは?

やはり元気よく、ですね。若いので勢いと一生懸命さをわかってもらえれば、多少トークで詰まっても気にしない事が大切だと思います! あとは「スピード感」ですね。お客さまに見積もりをご依頼されて、すぐ社に戻って10分後にまた持っていったこともあります。

10分後!それはすごいインパクトがありますね!では反対に失敗したことは?

あるお客さまのプリントで、「胸ポケットの上にロゴを入れる」という指示を専門業者のほうに入れました。あがってきたものを見ると、ポケットに乗せたONではなく、ポケットの上部(ポケットから離れた地の上部分)だったのです。「上」だけでは、両方の場合が考えられますよね。そこで、指示というのは文章だけではなくビジュアルで伝えることも大切だと勉強しました。

2017年8月から本社営業部ですが、下関と防府ではまた違いますか?

下関では少人数チームで強い結束と軽いフットワークで育てていただきました。防府本社の営業部はまた違って、営業メンバーの個性が豊かです。アプローチがうまくて先方の懐にぐっと入る梶原さん、値段交渉の上手い大村さん、知識が深く豊富な濱中さん、信頼されて愛される営業の権代課長、それぞれの強みがあるのでとても勉強になります。みなさんの強みを全部吸収して最強の営業パーソンになりたいです(笑)

では今後、HARADAではどんな仕事をしていきたいですか?

僕は「カッコイイブルブロス」に感動して入社してきました。でも入社すると様々なお客さまに様々なニーズがあることを勉強しました。たとえば、消耗品やグッズでも、一般では全く知られないような分野があります。3000円以上する専門に特化した手袋もあります。お客さまの幅広い仕事現場にマッチした提案をすることで、お客さまをサポートして一緒に成長していく、そんな「コンサルパートナー」になる仕事をしていきたいです。

プライベートの質問ですが、休日はどのように過ごしていますか?

子供が4歳になりましたので、とにかく遊んで、一緒に過ごすように心がけています。あとは、自分の時間として夜にカフェにいったりします。プライベートでは、スケボーとか音楽ではHIP HOPとか、ファッションも好きなのでそんな分野でも楽しんでいます。

オシャレパパ王子なんですね(笑)ご自分を動物にたとえると?

「犬」ですね。犬歯がポイントなのと(笑)人なつっこいところで、柴犬ぽいと思います。

では最後の質問です、ご自分をHARADAの商品にたとえると何でしょう?

「耐油手袋」がいいなあと思います。油を使う作業現場で、安全のため絶対必要な「滑らない手袋」です。そこでは他の手袋では絶対ダメであるように、僕にしかできない仕事をガッチリつかめる、そんな存在になりたいです。



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