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スタッフの日々の活動についてお伝えするトピックスです。

営業部 下関営業課 久保 緑

共感と信頼を胸に駆け回る 100%男前な営業ウーマン

元気でシャキシャキの営業ウーマン久保さん。小さいころはどんな女の子でしたか?

島根県の益田で生まれ、小学生の時に父の仕事で周南の鹿野に引っ越ししました。自然いっぱいの中、活発で怪我の絶えない子でした(笑)。半面、一人っ子だったので大人と接することが多くて、ませていたところもありましたね。親の影響で演歌少女でもありました。

夢は演歌歌手でしたか…!?

そこまででは(笑)。なりたかったのは救急救命士です。高校の頃、医療の最先端で役に立つに人になりたい!と、大阪の専門学校へ進みました。父は地元の看護系への進学を勧めましたが、私は「男の職場」に憧れていて。消防士とか警察官とか、そういう「男勝り」なところでがんばりたかったんです。大阪では独り暮らし。昼間はうどん屋さんでバイトをして夜間の専門学校へ通いました。まわりの人がみんなあたたかくて助けられながらがんばったのですが…救急救命士はかなりハードルが高く、実家の事情もあって、20歳の年に夢半ばで山口に戻ってきました。

初めての挫折だったのですね…そこでHARADAに出会ったのですか?

帰ってすぐは空っぽになっていて、「やりたいこと」を見つけることができず求人応募しては不採用になり、の繰り返しでした。暗中模索の中、周南でUターン合同説明会が開催されてそこに参加したのがHARADAとの出会いです。ブースに中嶋専務と当時の女性営業マンがおられて、とても熱意がありました。社名も知らない、ファッションにも洋服にも興味がない、営業なんて厳しそう(笑)と最初は思ったのですが、「やってみないとわからない!」と飛び込むことにきめて、社長面接をうけました。原田社長の第一印象は怖かった!(笑)でも、話してみると私の話をきちんと聞いてくださった。何か強い「ご縁」を感じました。そして、中嶋専務から「君にバースデイプレゼントをあげましょう。採用です」とご連絡をいただきました。ちょうど21歳の誕生日の前日です。「私を必要としてくれる人がいる」ってこんなに幸せなことなのだと思いました。一生懸命働こう!飽きっぽい私ですが今度は何があっても続けよう、と思いました。

感動的な入社ですね…では入社後は楽しくバリバリとお仕事に邁進して…?

ところがやっぱり山あり谷ありで(笑)新人営業職としてスタートしたのですが、2年目に周南店のショップに配属になりました。営業が花形、と思い込んでいたところでしたので、この転属には後ろ向きでした(笑)店長の安永さんにはしごかれ、苦手だったミシン掛けは吐きそうなほど練習しました(笑)辛かった時、その頃先輩だった山本さんが「必要とされているところで3年がんばってみよう。実力がつけば会社は認めてくれる。そうすればやりたいこともできるようになる。僕も力をつけるから共にがんばろう」といってくださった。その言葉が心にしみました。

辛いとき共に励まし合う仲間がいるのは素晴らしいことですね

それからは「30分でもお客さまの印象に残る仕事をしよう」と意識したり、店舗チームとしてひとつの店舗を作りあげていく事に心がけたり、仕事への取り組みが変わりました。その実績が実を結んで3年目で副店長となり4年目で店長になりました。

実績が積み上がってきたのですね。責任あるポジションでは何か変わりましたか?

それまでは安永店長をしっかりサポートすることが役割でしたが、自分が店長になると「私流の店長って何だ?」と考えるようになりました。そこで気付いたのは安永流の「自ら姿を見せる」スタイルを踏襲しようということと、それに加えて「次の世代を育てる」ことでした。

具体的にはどのように人材を育てられたのでしょうか?

店長2年目になって、ショップスタッフひとりひとりとの面談を導入しました。じっくりと話を聞き回数を重ねていくと、だんだん「共感」が生まれて心が繋がっていく…そして「信頼関係」ができる、これが手にとるように感じられました。この気づきは、私がスタッフから教えてもらった、人間として成長できた部分だと思います。それから、下関店の立ち上げにも店長として準備から入りました。現社長が初めて立ち上げる店舗でしたので、思い入れやアイディアが多く、私たちも全力投球で1ヶ月半前から具体的準備に入ったんです。普通は3週間前ぐらいですから、異例のスタートアップ。朝から夜遅くまでがんばりました。現店長の竹中さんや当時の立ち上げスタッフには、本当にみんな汗まみれでよくついてきてくれたなと感謝しています。

まさに率先垂範ですね。営業に復帰されたのは、長年の夢が叶った…?

3年前、28歳のときに社長に「営業復帰してみるか」と辞令を受けまして…その時はもうショップの面白さも大切さも身体に染みこんでいましたので「ええ?今?」という感じで(笑)でも昔から「次の場面にはまず飛び込む」タイプですから。昔よりも知識やマナーなどがある分、大人の営業ができるようになったとは思います。でも、ショップは「チームプレイ」ですが営業はどちらかといえば「個人プレイ」ですし、プレッシャーもあってまさに「初心に返った」感じです。

10年目としての余裕はありますか?

とんでもない!ここへ来ても営業スタッフが退社して顧客を一気に引き受けることになったり…毎回大変な事が起こるんです。その度に「うわー!どうしようー!」と自信なくしてぺしゃんこになるのですが、私は本当に人に恵まれていて必ず支えてくれる仲間がいるんです。個人プレイといいましたが、仕事は決してひとりではできないといつも感謝しています。26歳の時、父が亡くなりました。一人っ子で葬儀一切を執り行わねばならず、仕事も休ませていただいて、お客さまや会社のみんなにご迷惑をおかけして申し訳なさでいっぱいでした。葬儀の日、驚いたことに全社員の方が来てくださいました。その上全お取引メーカーから弔電の山が…後から知ったのですが中嶋専務が「久保が心身共に辛い思いをしている。励ましてやってほしい」とお願いして廻ってくださったのです。HARADAで仕事をする仲間は、共に生きる仲間。これからも私は恩返しをしていきたいと思っています。

ではプラベートな質問を。休日などはどうされていますか?

ひとりカラオケ!ドライブとか。思い立ったらすぐ行動!のタイプです。

ご自分を動物にたとえると何でしょうか?

猫、といいたいところですが、トラ(笑)。「五黄のトラ」で、60年に一度の我の強さを持つ干支らしいんです!

ではご自分を「ユニフォーム」「HARADAの商品」にたとえたら何でしょう?か?

「安全帯」でいきたいです。命を扱う、とても大切な道具。しっかりサポートする事にかけては天下一品。そして「安全帯」って…「現場への共感(理解)」と「安全への信頼」の絆そのもの、ですから。



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