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スタッフの日々の活動についてお伝えするトピックスです。

ワークフィッター下関店 松本 裕志

柔軟性と誠実さが信条の、頼れるHARADA遊撃手

下関ショップスタッフ、男性の松本さんです。ご出身はどちらですか?

防府生まれの防府育ちです。田んぼの多い周辺で、のんびりと育ちましたね。小学校のころは、ひょうきんでふざけるのが大好きな子供でした。図工が好きで特に絵を描くのが大好きでしたね。中学校では部活はバレーボール部で、体育会系でした。

元気な感じでそのまま高校生活も続くのでしょうか?

高校では演劇部に入りました。体育会系よりも、なんだか自分から表現をしてみたくなったんですね。入部するといきなり上級生がみんな辞めちゃったりして、1年生の自分たちで夏の全国高校演劇大会に向けてがんばらなきゃいけないことになって(笑) そこからどんどんはまりました。高校の演劇部は大きく夏と冬に大きな発表の場があって、そこにむけてけっこうハードな練習をするんです。演じる方の練習もして、自分たちでオリジナル脚本も作ってみたり。だから、高校時代はもう部室にいつもいりびたっていました (笑)

高校演劇部で思いっきり表現にチャレンジ、青春ですね!

残念ながら同じ地区で強い伝統高校があって、全国大会などに進むことはできませんでしたが、がんばったと思います。あと、自分は文芸部にも入っていて、文章を書くのも好きです。だからいろいろな創作をしました。

高校卒業後はそのようなクリエイティブの道に?

周南のYICキャリアデザイン専門学校でデザインなどを学びました。父親が印刷業をやっているので、デザインや出版の世界などはとても身近でした。そこでパソコンソフトでの創作など技術を学ぶことができました。でも、学校で思ったのは、「すごい奴は学校来なくてもすごい」ってことで(笑)もう学校で習わなくても世界観があるというか。自分はちょっとそれとは違うな…と感じて、「身についた技術を活かそう」という方向に進みました。

自分を見つめ直して前に進めたんですね…

フォトショップやイラストレーターの技術を活かせるところがないかなと探していたところ、HARADAの説明会を知りました。告知やその他のフライヤーなどを見て「あ、僕ならこんなふうに作るな〜」とイメージを持つことができたのです。ここならお役に立てるかも、と。

HARADAの印象はどのようなものでしたか?

防府生まれですが、HARADAについては作業服店であることもまったく知りませんでした。合同説明会での社長が、若くて話しが上手で面白くて。そのまま面接を受けて、そして気がつけば「次の会場周南だから、松本君、荷物もっていって!」と頼まれたんです! 原田社長のあまりのフランクさに驚きました(笑) だから、すっと入ることができた気がします。

入社してからの印象はいかがですか?

「火がついたらチャレンジが始まる」そういう印象です。とにかく、メンバーがみんな本気になって目標に向かってがんばる、いつもチャレンジをする、そんな感じで次々とハードルをクリアしてきた印象ですね。

最初の配属とそこからの遍歴は…?

最初は3か月ほど営業を経験しました。営業の現場というのも知ることができてよかったと思います。そのあと、企画部が立ち上がり、そちらに配属になりました。 様々な案件の企画書、提案書、プレゼン資料などを制作し、他にもイベントのボードや…とにかく、目の前の仕事を自分のできることでどのようにクリアしていくか、成し遂げるにはどうすればいいか、必死でしたね(笑)

企画部には柔軟性も必要ですね!具体的にはどのような仕事が印象的でしたか?

企画部は9年間在籍しましたが、大きく分けて前半と後半で変わってきたように思います。時代もありますし、タイミング、そしてHARADAが作った道だとも思います。前半は、「山口国体」がエポックメイキングでした。国体に向けての資料をまとめるのが大きな仕事でした。この経験を通して、顧客のニーズに向けての提案を企画部でまとめて営業で提案する、という力がついたと思います。普通これまでの作業服店では、提案というのはメーカーが作っていましたから、どうしても数日のタイムラグがあります。でも、HARADAの社内で制作すると、翌日には顧客に企画書提案ができ、スピーディーな対応が可能になったのです。これはHARADAの大きな強みだと思います。

企画部がHARADAのスピードと独自性の足固めになったのですね。その後の活動は?

後の4年間は、企画部発信の提案型案件、ネットショップの立ち上げなど、企業戦略的にどんどん「できること」を展開した時期だと思います。メンバーも、新しくメンバーが加わり多角的で強力になりました。私自身も、様々な事をサポートして入りました。テレビなどの取材やメディア対応等にたったりもしましたね。その後下関支店の企画、ということでこちらに来て、プリントアドバイザーとしての対応やねんりんピックでのデザイン等、いろいろやったなあ、という感じです(笑)

現在はショップスタッフと言うことでまた新たな場面ですね

今年の2月からショップでの販売という、また新たな経験です。今まで企画というと、必要な時に情報を集めて詰めていけば間に合いましたが、店舗はまず商品知識を知っておかなくてはいけません。なかなか専門的商品知識はおいついていかなくて…(汗)

苦労される関門ですね…仕事をする上で心がけていることは何でしょう?

とにかく、求められることにどんどん立ち向かうと言うことと、もう一つは「誠実に」仕事をするということです。たとえば私は「人の陰口を絶対言わない」と決めています。噂話をする人は、結局みんなの陰口をしているはずで信用されない。「ちょっとくらい話し合わせて盛り上がってくれたらいいのに」と言われたりもするのですが(笑)これは一番心がけていることですね。

将来に向けては、どのような仕事をしたいですか?

私は今まで、目の前にきた仕事に向かって、自分のパッションというか表現で、HARADAを盛り上げたりはできていたとは思うんです。それは一つの分野を掘り下げる形ではなくて、誰か必要だからやろう、という感じでした。「遊撃手」という感じでしょうか。10年経って、これからは「なんでもこなす」というだけではなくて、「自分だったらこれ」という、結果を出していきたいと思います。私ならではといわれるような存在感のある、しっかりとした分野を築いていきたいですね。

樹木に実がなっていくイメージですね!ではプライベートのことをお聞かせください。

今、ボードゲームにはまっていまして、「人狼ゲーム」のサークルに入って月に1回集まって楽しんでいます。あと、小説も好きなので読書ですね。

自分を動物にたとえるとなんでしょう?

やっぱり犬かな?忠犬、でサポートをしっかりする柴犬が好きなイメージです(笑)

恒例の最後の質問、HARADAで扱われる商品やユニフォームにたとえると?

「ハッカー」というのはどうでしょう?ハッカーというのは、鉄筋棒や鉄筋の位置がずれないように鉄筋と鉄筋どうしを、針金で結束する時に使う工具なんですけど。私も、営業部門とお客さま、営業と印刷所、お客さまと印刷所、いろいろな場面で「しっかりと結びつける」役目をしたいですね。それに私は、パソコンを使いますしね(笑)



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