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スタッフの日々の活動についてお伝えするトピックスです。

経営企画部 企画課 OUCマーケティング・プランナー 蔵元 直美 

自分の道を進み、まわりに笑顔の花を咲かそう。それが「蔵元ブランド力」。

2018年10月、経営企画部に配属された蔵元さんです。
子供の頃はどのような女の子でしたか?

生まれたのは大阪で、3歳からずっと下松で育ちました。兄弟が7人いまして、私が真ん中であとは全員男の子。年も比較的近かったので、いつも兄弟といっしょに秘密基地つくったり魚釣りをしたりして走り回っていました。お人形などをもらったら弟のミニカーと交換していました(笑) ただ、両親を早くに亡くしました。だから兄弟みんなで家事を分担して暮らしていました。家族の中で女性1人なので、特に弟たちの母親がわりになって。高校生の時に小学校の授業参観にいったりもしました。

それは大変でしたね…兄弟が多かったことは、心の支えになりましたね。
中学高校と進学する時に、「将来の夢」はどのように考えられていましたか?

「自分が何になりたい」というよりも、現実的に「家族のために何ができるか」ということを小学校の頃から考えていたと思います。 兄弟の中でも独立心が強い方でしたし、決断も1人でしちゃう方で。 小学校の頃から給食が好きでした。なので、調理師になりたくて、高校卒業したら調理など食の分野へ行きたいと思い、家政科のある高校へ進学しました。 入学したら、服飾分野の強い学校でした。でも、その時の勉強がHARADAで活きているとも思います。

卒業後は飲食関係へ進まれたのですか?

諸事情で進学はあきらめて、地元のイタリアンレストランに就職しました。キッチン志望だったのですが、配属されたのはホール担当で、そこでみっちり接客サービスを学びました。休日は広島などの一流店へ行って勉強。「お客さまが求めていることを提供するのはあたりまえ。+αのサービスを提供してこそ感動という付加価値がつく」。テーブルでも、お客さまにワインや料理の情報を丁寧に話してよろこばれるように、という方針でした。 それまでは人見知りで接客などとても苦手だったのですが、ここで「人を笑顔にする喜び」を知ったように思います。

接客のプロになってきたのですね。

とても面白かったのですが、20歳で結婚、出産で、退職して専業主婦に。3人目の子供ができたときに離婚して、仕事に復帰します。そこで自立するには営業をしたほうがいいと人に勧められて、生命保険の営業職になりました。

また違う世界へ飛び込んだのですね。営業職は得意でしたか?

とんでもないです。ビジネス分野や保険の知識も何もわからない24歳が営業しても、お客さまには本気できいてもらえません。営業は「この人にまかせておけば安心だな」という経験豊富なベテランの方の人間力が強いです。経験値や人間力ではとても追いつけないな、と気付きました。 それなら、自分は「知識力でいこう」と決心して、自社だけではなく他社商品の勉強、あと社会保険制度や法律の改正など年々変わっていく社会環境などを必死で勉強しました。 そのかいがあって、徐々に「とても詳しくてわかりやすい」「一生付き合って面倒見てちょうだい」とお客さまに言われたり、同僚からも「自分のお客さまの引継はあなたにお願いするわ」とつないでもらったり、手応えと実績がでるようになりました。

小さいお子さま3人おられて、勉強して仕事して、というのはハードだったのでは

大変といえば大変でした。この頃は、帰って夕食を作って子供達の世話をして寝かせてから夜勉強していて、テレビをつける間もなかったです。 でも、私は泣き言を言いたくない性格で、兄にも、「もっと助けを求めてきて欲しい」と言われてしまいました。 何よりも、自分が両親を病気でなくしましたので、保険商品の「人生の困ったとき辛いときの安心」の重要さを知っています。お客さまに最適な保険商品をしっかりフォローしたい。本当の意味でお客さまの人生にお役に立つ商品、をお勧めしたかったのです。

とてもピュアな想いで保険のお仕事をされていたのですね。
その後、HARADAとの出会いはどのようなものだったのでしょう?

成績も上がり、お客さまとの信頼も築けるようになりましたが、4年ほど経つと会社の方針と自分の考えが食い違うことが多くなってきました。会社はどうしても営業成績重視で、私が「この人にはそんな保険は必要無いのでは」と思うような商品もセールスするように指示があります。それがどうしても、納得できなくなって…保険セールスの仕事は辞めました。 営業事務などの資料作りが得意だったので、将来継続して仕事ができるように事務系の求職を考えて、半年間職業訓練に通ってIT技能を学びなおし、ハローワークに通って就活を始めました。 そんな中でHARADAの求人があってHPを探すとそこに、「ブランドは人」という言葉がありました。その言葉に衝撃を受けたんです。

「ブランドは人」HARADAの企業理念ですが、
それがなぜそんなに衝撃だったのでしょう?

多くの会社は人を「まず肩書きや学歴で判断する」じゃないですか。いい大学、いい会社、資格がまず条件。年齢も29歳、子供が3人、シングルマザー、というだけでだいたい敬遠される…ハローワークの担当者からも「あなたの条件と新卒の子と比較したら普通難しいでしょう」といわれたりもしました。誰よりもがんばります、といっても、届かない。 このような状況で、『ブランドは人』という言葉は「外枠よりも、人間は中身が重要なんだ」というメッセージだと思いました。ここならがんばれるはず!と直感したんです。

HARADAのメッセージがストレートに心に響いたのですね!

はい、面接で「シングルマザーかどうかなどは採用に関係ない」と言っていただいて「今までの道のりはHARADAに出会うためのものだった!」と思いました。 私は実は信念があって20代の時、弟を亡くしたりと色々な辛い時期がありましたが「人生を決めるのは環境でも過去でもない。人生で起きた事をどう解決し、どんな意味を持たせるか、それが未来の自分を決めていく」と、私は強く思っています。 だから、自分の行くべき道は自分で選んで自分でがんばりたい、それが私のブランドでプライド。それができる会社で働けるのは本当に幸せなことです。

熱い想いを仕事にできる運命の会社、HARADAなのですね。
入社されてから、仕事は全力投球できていますか?

まずは配属が周南支店の営業アシスタントになりました。最初はパートタイム勤務だったのですが、正社員にしていただいた後、2018年2月にOUC事業の立ち上げを知って、私、社長に東京勤務の希望を出したのです。

東京勤務希望、思い切った判断ですね!
お子さまの事などを考えるとあまり動きたくない、と多くの人は思いますが…。

営業アシスタントも周囲の方々に教えていただいて徐々にできるようになると、そうすると今度は欲が出てきました。「もっとできる、もっと成長したい」と感じるようになって。 会社には私の意欲を理解してもらえまして、東京…にはならなかったのですが、防府本社の経営企画部に配属にしていただきました。

東京ではないですが、新しい環境でのスタートになりましたね。
現在のマーケティングプランナーとはどのような担当なのでしょう?

OUC事業は立ち上げて走り出したばかりで、私は顧客・メーカー・HARADAをつなぐ効率的なプラットフォームシステムの導入と構築を手がけています。 HARADAがつなぐ顧客とメーカーとの受発注やデータ蓄積の上で、今までは各社のシステム環境ごとの処理が普通で、例えば受注注文などもペーパーベースでのやりとりや手書きで伝票を書く部分もあるのが現状です。 そこで、効率化や簡略化、スムーズでミスが少なくハードルの低いコミュニケーションが実現できるプラットフォームを作ろうとしています。 そのためにまず、お客さまに現状での問題点と課題、どのような項目でどのような流れであればお役に立つのか、を直接伺ってまわっています。そこで直接のお声やニーズなどをどんどんうかがい、つねにバージョンアップするシステムになるように動いています。

顧客それぞれのニーズや問題点を解決するとなると大変な業務ですね…

基本はお客さまの困り事を解決する、そのためにはまず「お客さまの声を聞く」こと。求めることを見つけ出すことです。これは、保険商品の営業をしていたときと大切な事は根本的に同じだと思っています。 そのうえ、私は「ものづくり」の経験がなかったですが、今回はその「お客さまの求めていたもの」がカタチになって喜ばれたら、これ程嬉しいことことはありません。

2018年10月から現在の部署ですが、
今後はどのような仕事をHARADAで実現させていきたいですか?

それこそ、最初のイタリアンレストランでサービスを学んだ時から続いているのですけど、仕事をして「人の笑顔」をみたいんです。お客さまの課題解決をしてその上に+αがある仕事をどんどん生みだしていきたいです。 個人的には、まだ「東京勤務」も諦めていません(笑)ココ・シャネルの「あることを成し遂げるためには、時に何かを犠牲にしなければならない」という言葉が好きなのですけど、自分が成長したいと思ったら、安定は捨ててチャレンジする時もあってもいい。 私は子供のためにも仕事をして生きていかなければならないですが、仕事は子供のためだけではなくて、自分の道を後悔なく生きるためでもあります。だから、新しい場所で、好奇心を持って、自分を試してもっと進化させたい、そういう私の生き方や背中を見せていれば、子供にとっては何よりもの教育だと思っています。

ではプライベートの質問を少し。お休みの日などはどうされていますか?
お子さまとの時間などは工夫されているのですか?

長男が中学生で一番下が小学校低学年ですので、みんなそれぞれの世界があって自立してくれているので、少し楽になりました。今は、ひとりでカフェにいって本を読んだりする時がホッとするひとときです。 やはり、長男はASDを持っているのでコミュニケーションとるのに凄く時間がかかったり、下の子がヤンチャで学校から呼び出しがあったり、たしかに大変な事もあります。よく「大変でしょう」といわれますけど、でもいきなり明日から犬10匹飼います、というわけではないでしょう?(笑)私にとっては自分で選んできた道が必然的にここにきたという感じなので、いきなり大変なわけではないんです(笑) 先日子供達が「おかあさんなにがほしい〜?」と聞いてきたので、何気なく「Bluetoothのスピーカーかな〜」と。実は誕生日プレゼントのリサーチだったんですけど、そんなことは全く気付かなくて。それを聞いて、もちろん子供達は高価なもの買えないので、一生懸命ラップの芯やその他の材料でつくってくれて…世界最高の手作りスピーカーをプレゼントにもらいました!(笑) 3人でカレーを作って手紙も書いてくれて…私にとって、こういう心を持ってくれた、ということが何よりものプレゼントになりました。 大変な事もありますが、小さな幸せが「明日も普通にある」とは限らないのです。だからこそ、今ある幸せを、大切にしたいです。 あ、あと!音楽が大好きで子供とフェス参戦が一番の楽しみです。毎年、夏のワイルドバンチフェスに行くために、3か月前からプラン立てて体力作りするんですよ(笑)考えて準備することから、フェスを楽しんでます!

仕事も子育ても趣味もパワフルでポジティヴ!
ではご自分を動物にたとえるとなんでしょうか?

これ、弟に聞いてみましたら「お姉ちゃんは『ハリネズミ』」と言われました。 可愛らしく装っているけど、怒らせると痛い、からだそうです(笑)

なるほど(笑)では最後の質問です。
ご自分をHARADAの商品にたとえると何でしょうか?

「安全靴」でしょう。茨の道も、岩場も、ぬかるみも、ものともせずに前へ突き進みます!



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