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スタッフの日々の活動についてお伝えするトピックスです。

営業部 営業1課 内藤 圭昭 

「仕事を楽しむ」「力になる」「地元に恩返し」
ワークウエア改革で、地元に笑顔を咲かせたい。

2019年1月から本社営業部に配属の、フレッシュな内藤さんです。
小さいころはどのような少年でしたか?

生まれは山口県萩市出身です。萩市内の明倫小学校で、大きな小学校で歴史に囲まれて育った感じです。 背が高かったので小4からバスケをやっていました。幼少の頃、BSのNBAを見たきっかけだったと思います。少年野球もやっていました。友だちも多くて学級委員もやっていました。

絵に描いたような「いい子」だったのですね、将来の夢はなんでしたか?

そうですねえ…将来の夢とか、なかったですね。ただ毎日を楽しく過ごしていて。父が歯科医でしたので歯医者さんになるのかなあ、という程度でした。

そのまま学生時代もすごして進路はどのように決められたのですか?

進学は歯科大を考えたのですが、そのときオープンキャンパスで行った西南学院大学がとても気に入って、西南学院に入学しました。5人兄弟の長男で、絶対自分が歯科医にならなくてもいい環境でしたので、好きにさせてもらいました。 大学時代は、コンビニでバイトをしながら友人と楽しく過ごしたな、という印象です(笑)このバイト仲間がとても仲良くて、他大学の学生と交流もできましたし、よくみんなで遊びに行きました。

そのころになるとさすがに将来や職業について悩んだり…。

…それもあまりしていませんでした(笑)。「仕事をする」イメージが湧かなくて就職活動をはじめるのも遅かった。ですが、ずっと勤めていたアルバイト先の本社と、山口の地元の銀行から内定をいただきまして、やはり地元企業で就職しようと、その銀行に入行しました。

社会人のなかでも「銀行員」という堅い職業に就かれて何か変化はありましたか?

入社すると、イメージしていた仕事とは違うなあとびっくりしました。資格取得や昇格検定が次々にあって、休日も勉強に追われる日々でした。まずは営業で外回り。最初は慣れなくてたいへんで、月に1度実家へ帰って愚痴っていました(笑)。しかし親にも「3年は辞めずにがんばりなさい」といわれてなんとか続けているうちに3年目に萩支店へ転勤となり、地元に戻ったのです。「これはやめられないなあ」となりました(笑)

ところが今HARADAにおられるのですよね。人生わかりませんね。
何が転身のきっかけになったのでしょう?

萩支店で融資係になりました。同じ銀行業務でも、今までの仕事と全く違う知識と分野が必要なんです。そして萩市店内でも専任者は私ひとりだったので、誰に聞いてもわからない状態でした(笑)。そこで、自分でいろいろ調べたり勉強したり、他支店で教えてもらったり、「自分で」動かざるをえない状況だったからですが、自分から動き出したんです。 萩では、私の子供の頃からかわいがってくださっている方も多いので、「あなたがやってるなら」とお取引くださり、本当に地元に助けられました。 そのうち資産運用ご相談の窓口にもなり、多くのお客さまのご相談を承るようになりまして、みなさんに喜んでいただけるのが仕事の喜びになっていました。 そしてこの時期に、JC(青年会議所)に入会したのです。地元萩の経営者の方とネットワークができるのは仕事にプラスになると思い、知人からの紹介もあり自分で入会しました。入会すると、仕事だけではなくて自身の取り組みや考え方にもとても勉強になることが多くて、ワクワク楽しい経験がたくさんありました。

地元に戻って花開いた、という感じですね。
今まであまり希望などがなかったということですが、幸せは身近にあるものですね。
HARADAへの転職はまだ見えないのでしょうか?

仕事が嫌になったとか問題があった、ということではないのです。 「住宅ローン審査」担当時には、お客さまのマイホーム建設の夢をお手伝いさせていただいて、感謝をされることが多かった。仕事に充実感がありました。 ただ、銀行ですから、どうしても転勤があります。その後、何度かの転勤がありました。社会の金融状況も大きく変わりました。 30歳をむかえた2018年で、はじめて自分のこれからの人生を考えてみたのです。

人生における仕事を見つめる、のは初めてではないでしょうか?

そうかもしれません。そのときまで、結構ヘッドハンティングなどもあったし、実際外資系金融への転身も考えていました。「このまま一銀行で支店長になって…」という人生を歩むのか、もっと他の可能性にチャレンジするのか、年齢的にも岐路だなと感じはじめました。 萩のJCは転勤しても在籍して活動させていただいていました。なにか「地元のつながり」って好きでしたし、地元に恩返しをしたい、役に立ちたい、という気持ちが強かったのです。実際にお会いできて交流がある地元の人たちが楽しんで幸せになる…これが私にとっては大きな価値でした。そのJC山口ブロックでHARADAの國冨さんと出会ったのが、HARADAを知るきっかけです。 考えると、「自分の行動を自分で決定した」事項って、「JC入会」と「HARADA入社」なんですよ。自己決定して人生を選ぶときに、「地元の人へ恩返しをしたい」ということが常にあるのです。それだけ、たくさんの方の愛情をいただいた実感があるんです。

HARADAとのつながりがやっと出てきました。
人生の重要なタイミングにHARADAと出会ってどのような印象だったのでしょうか?

國冨さんから情報はいただいていて、まず「楽しそうだな」という印象で、 興味を持ちました。転職を考えたときに「楽しく仕事ができるか」「将来自分のためになるか」「地元の人に恩返しができるか」というポイントが自分にとっては重要でした。 「仕事が楽しい」は、とても大切なことだと思います。昔と違って、大企業に入っても将来が安心安定とは言えない。とにかく10年、思いっきり楽しく力を出して仕事ができて、人脈とスキルを磨くと、そこから先も人生を作り上げられる財産になるのではないでしょうか。それが「将来自分のためになる」ということだと思います。 最後「地元への恩返し」は…HARADAの営業で「ワークウエアで地元の人に喜んでもらえる」イメージができたことが大きかったのです。

2018年8月にHARADA入社、最初はショップ勤務、そして2019年になって
営業マンとして活躍されています。 畑が違うところでのギャップなどはありましたか?

HARADAという会社を知る、取り扱う商品を勉強する、という意味でまずショップでしたしたが、接客は大学生時代のバイトで経験済みでしたのでOKでした(笑)ただやはり、専門性の高い商品が多いのでそれは勉強しました。 ファッションは学生時代から好きで関心も高かったのですが、やはり「ワークウエア」の世界は別ものですね。

HARADAの社風や職場環境などもびっくりしたのでは…?

そうですね、まず「社長に直接意見を言う」などということは銀行ではあり得ませんでしたね(笑)。みんなコミュニケーションがよくて、のびのびしていますよね。 銀行というのは、最近では変化もしましたが、基本は「数字の競争」でした。同僚はみなライバルなので、人によっては競争心でギスギスする…ということもありました。 あと、HARADAは役職や勤務形態をこえて「共に働くチームメンバー」という意識ですね。

これからの内藤さんはHARADAでどのような仕事をしていきたいですか?

営業としてどんどん業績を積んでいきたいですが、希望としては、故郷地元の「萩・長門のワークウエア改革」です。 HARADAに入社して、改めて地元に戻って「ワークウエア」という視点で街を見て回ったら…これは、伸びしろが有り余っているぞ!と(笑) オシャレなワークウエアをかっこよく着て、ニコニコと嬉しそうに働く萩の人をみたいですよね。萩や長門の働く人の時間を、ワークウエアで楽しくしたい。今はそれが目標です。 将来的には、人事や採用にも興味があります。「人」を面接して採用するというのは、企業にとって大変重要な仕事だと思っていますので。

萩・長門のみなさんのワークウエア改革、楽しみです!
ではプライベートの質問です。お休みの日は何をされていますか?

休日は洗車をしています。洗車マニアで、ショートカットだと1時間、じっくりやると…止まらないです(笑)。自分の愛車と、家族の車も全車洗いあげるとすっきり!達成感しかないです! あとはゴルフですね。就職して2年目にはじめて、JCでもコンペの幹事をしたり、プライベートでもはまっています。

地元孝行、親孝行! ではご自分を動物にたとえるとなんでしょう?

「うさぎ」うさぎ年だから、なんとなく親近感があります(笑)。

最後の質問です。ご自分をHARADAの商品にたとえると何でしょうか?

商品ではないですけど「カタログ」にします。僕が凄いわけじゃないけど、例えば金融関係などの様々な経験、知識、そしてすばらしい先輩方との人脈、などがたくさんありますので、「内藤」というカタログを開いていただければ、何かお役に立てる、使えるものがあると思います!(笑)



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