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スタッフの日々の活動についてお伝えするトピックスです。

店舗部 ワークフィッター下関店 杉村 和馬 

HARADAチームのパフォーマンス向上に気を配る
「備えあれば憂い無し」のバックアッパー。

笑顔が明るい杉村さんは、下関店がホームベースだそうですね。

大学生時代に初めてのアルバイトで入ったのがここ下関店です。その後正社員になり周南店にも移動になりましたが、またこちらに戻ってきていますので、たしかにホームベースのようですね。

では小さいころから振り返って、杉村さんのお人柄をうかがいます。
どんな子供時代でしたか?

生まれたのは北九州市の八幡です。ふつうにうるさい、みんなではしゃぐ元気な子供でした(笑)近くの公園で遊び、同じマンションの友だちとゲームをしていたかな。親はあまりうるさく言わない教育方針でしたが、ゲームに関しては、時間を決められていましたね。妹と交替で1時間ずつというルールで、守らないと取り上げられるのでちゃんということをきいていました。 その頃の夢は…ゲームだけに限らず、ワクワクする楽しいモノにとても惹かれていたので、小学生の頃はおもちゃを作る人になりたかったですね。

とてもいい子ですね。中学〜高校と成長するにつれて、
将来の夢はどのようなイメージでしたか?

中学の前、小学校6年生の時にバスケットボールの得意な先生が担任になりました。地元クラブのコーチをするほど熱心な先生で、自分もバスケットボールに夢中になりました。その流れで中学でもバスケ部に入ったら、自分の代はとても人数が多く優秀で強い奴がいっぱいで「自分はレギュラーになるのは難しいなあ」と悟って。そこで「自分にできることは何か」と考えて、マネージャーの先輩に「できることがあればやります」と、すすんでサポート業務を教えてもらうようにしました。スコアラー、タイムキーパーなど、バスケではテーブルオフィシャルズといいますが、そういうサポート業務を覚えていきました。

サポートスタッフは実はチームに必要不可欠ですよね。
でも、プレーもしたかったのでは…?

たしかに、選手として試合も出たかったんです。あるとき、監督との交換ノートで「ほんとうはどうなの?」と訊ねられ、「試合に出でみたい」と本音を伝えました。すると監督はその希望を叶えてくれて試合も経験し、そのあとにじっくり反省会をしてくれました。先生は自分の日頃の働きと自分の想いをしっかり見ていて気付いてくれていました。それが本当に嬉しかった。今でもその恩師にはとても感謝しています。 僕はこの中学校バスケ部で、自分の人格形成がほとんどできたと思っているんです。「挨拶をする」「チームのメンバーや周囲に気を配る」など、生きていく基本のようなことから、自分がどのような役割をとれば集団の役に立つのかということまでしっかり。これはまちがいがなかったと思います。

中学生でその気の配り方や役割の見つけかたに気付くのは、すごいですね。

たとえば、練習をはじめる前にモップが出たままになっているなと、気付いてさっと片付ける。そうすると誰も先生に怒られないし時間も無駄にならない。片付けを見逃して全員が怒られてイヤな思いをするより、ずっと効率的で、ストレスがないので好きなんです。

One for All, 素晴らしいスポーツマンシップです。
高校〜大学もバスケットの青春でしたか?

高校でも副キャプテンを引き受けてチームをまとめる役割をしていました。足を痛めても、自分にはテーブルオフィシャルズの知識がありましたから、サポートとしてチームの力になれたと思います。 でも、高校では軽音の友人に影響を受けて音楽にも興味が湧いて、ベースを習って文化祭ライブをしました。他にもラジオやテレビやのメディア系に進みたいと、その方面の専門学校への進学を希望していました。進学については親と初めて真面目にじっくり話し合いましたが、僕は昔から反抗期がなくて(笑)親の説得で下関の大学で心理学を学ぼうと入学しました。

素直で反抗期がない(笑)その大学生時代に、
アルバイトでワークフィッターに入ったのですね。

この頃は「自分はこのままでいいのか?」という危機感があって。自分自身を理解して変わりたいと思っていたんですけど、入学したら心理学というのはそういう勉強ではなかった(笑)。大学では音楽サークルをつくりバンド活動をしつつ、下関で独り暮らしを初めて、家から近かったのでワークフィッターに応募しました。すると翌日から来てくださいと(笑)基本、授業やサークルがおわって4時くらいから閉店の9時(*当時)くらいまで、週に4〜5日くらい、バイトに入りました。

HARADAの第一印象はいかがでしたか?

まず店内がオシャレ(笑)。それに、営業の久保さんの仕事ぶりがとても熱心でイキイキとして、楽しそうだったのが強く印象に残りました。学校とは違う、初めて「仕事をする大人」と接して、仕事はこんなに楽しくできるんだ、と。それがとても新鮮で。 自分としては、何もかもが初めてで怒られてばかりでしたけど、社員の方もスタッフも、明るくて気さくですぐに馴染みました。入ってすぐ「杉村だからアダナはタイゾーね!」と決められて、そこからみなさんがタイゾーとしてかわいがってくださるので、本名が「太蔵」だと思っている人も多くて(笑) おかげさまですぐに馴染みまして、店舗スタッフは男性が私ひとりでしたが全く問題無く(笑)、入って2か月で、久保さんに「タイゾーはもう3年ぐらいいるかのようになじんでるよね〜」と言われました(笑)

最初はどのようなことが難しかったですか?

全てですよね(笑)。苦手は「ホウ・レン・ソウ」でした。お客さまから質問されて、わからないので先輩に伝えて引継をお願いするときも、ドギマギしてしまいモタモタしていましたね…。

大学入学後すぐにアルバイトとしてスタッフとなり、
そのまま卒業時に入社されたのでしょうか?

いえ、実は心理カウンセラーになる夢を持って大学院へ進むつもりでした。しかし1年目は叶わず、再度にがんばろうとアルバイトとして続けていました。HARADAから社員登用のお話しをいただいても、最初は考えていなかった。でも、半年ぐらいして「入社しよう」と考えが変わりました。カウンセラーという職業は、社会経験も大きな力になります。実は、中学の時のバスケの先生と、試験会場でばったり会ったんです。「先生は勉強を一生続けるんだ、すごいな!」と感銘をうけて「これはもう自分もやるしかないな」と。だから、今回は入社というチャンスで社会経験を積んでいこうと思いました。

キャリアプランを、広く長く捉える、ということですね。
そして今のご縁を「チャンス」と捉えたわけですね。

そうですね、この時は、親にも相談せず自分の道を自分で決めました(笑)

社員というポジションになって、変化したことはありますか?

職場は慣れているとはいえ、業務内容や責任の範囲が全く違います。例えばプリントTシャツの制作業務は大学時代は担当できませんでした。しかし社員になると「おねがいしま〜す」ではなくて、自分がお客さまのご要望を伺い、発注までを責任持って担当します。「まかせられる仕事」「できる仕事」が多くなり、それが成長に繋がっているように思います。

2017年に周南店へ移動となりました。下関と周南とは違うことはありましたか?

HARADAのワークフィッター店は、3店が共通する部分もありますが、実は各店舗、それぞれその地域に合った個性が成立しています。商品ラインナップやディスプレイもですし、細かな仕事の流れなど、そのお店が培ってきた独自ルールもあります。なので、最初は戸惑うことも多かったです。お客さまも初めての方ばかりですから。「自分は移動してきたから知らなかった」というのはお客さまには関係のない事で、お客さまにも今までがんばってきた仲間にも迷惑をかけることになる…だからとても緊張していました。 ただ、本当にHARADAのいいところはスタッフがみんなチームとして協力して仕事をするので、しんどかったけど楽しかった!という印象です。実は周南店は10か月くらいでまた下関店に戻るのですけど、どちらもすぐ馴染めていいチームでした。

ワークフィッターの良さ、はどのようなところでしょうか?

「HARADAブランドは人」という言葉通り、スタッフの個性が生きています。その上、お互い足りないところがあればカバーしたりアシストしたりチームワークがとてもいいところです。 自分はどちらかというと問題を抱え込むタイプなのですが、HARADAでは自分で働きかけて変えていくということを学びました。

社員となられて3年、心に残る嬉しかったことは何でしょう?

入社してからも、HARADAはどんどん成長して行っているな、と日々感じています。そんな会社のなかで、自分自身も、できることが増えた、という実感が嬉しいことですね。3店舗がお互い刺激しあって、ディスプレイでも得意な方のまねをして勉強したり。みんなで、常に向上していると思います。

今後やりたい仕事やなりたい姿、などを教えてください

今は、自分から「これをしたい」ということをいうよりも、何をやってもすべて吸収して勉強したい。まだまだわからないこと知らないことはいっぱいあるので、何事も怯まず、HARADAというチームに役立つよう、自分ができることにベストを尽くしたいと思っています。

バスケットボールで学んだことが生きていますね。
では、プライベートの質問です。休日はなにをされていますか?

休日は本当に休んでいます(笑)日常の買い物とか。ときどき、北九州の地元の友だちに会いにいって、そしてゲームです(笑)

ゲームは変わらないのですね(笑)では、ご自分を動物にたとえると何でしょう?

みんなはきっと「クマ」とかいうイメージだと思うんですけど、自分では「ぐたっとしている犬か猫」かな。案外ネガティヴで心配性なところもあるんですよ(笑)心配性だから先手を打って準備するのかな。

それはポジティヴですし、クマも合っていると思います(笑)
では最後の質問、ご自分をHARADAの商品にたとえるとなんでしょう?

これは色々考えたのですけど、「替え刃」とか「替え芯」とかにしたいと思います。 控えというか裏方というか、今表舞台でなくてもあったら「備えあれば憂い無し」で、だからこそみんなが安心して良い仕事ができる。そんな存在になりたいですね。



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