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スタッフの日々の活動についてお伝えするトピックスです。

取締役 店舗統括マネージャー 安永雄一

「チーム力」を肌で感じた経験が HARADAの「人間力」を育てるチカラになる

カッコイイこわもて風(笑)の安永さん、入社の経緯はどのようなものでしょう?

僕のストーリーは紆余曲折波瀾万丈ですよ(笑)。生まれたのは岩国市ですが、3歳くらいで山口市に引っ越して育ちました。小学校からずっとサッカーをやっていて、高校では弱小チームでしたがキャプテンになりチームをまとめることを常に考えてがんばっていました。卒業後はスタッフとなって選手を支えるスポーツインストラクターの専門学校へ進学し理学療法士も考えましたが、タイミングが遅かったこともあってそちらの道には進まず…

インストラクターの道を?

色々な挫折があり広島在学中で通っていたセレクトショップで働くことになりそこで6年。その後、「接客サービス業」を勉強したくて地元山口のイタリアンレストランで2年仕事をしました。そのあと知人の紹介でHARADAに就職することになりました。

ファッションのセレクトショップ、飲食業界ときて、なぜHARADAに?

就職や仕事について…広島時代の恩師に相談したり青春18切符で全国放浪したりもしましたし、知人からのご縁などもあり紆余曲折だったわけですが、今振り返ると、母が服飾の仕事をしていたことで「服飾」が小さな頃から身近であったことも大きいです。また、レストランでフロアを担当しているときもどのような服装でどうすれば「ON」の状態としてふさわしいか、など、TPOやドレスコードなどについて日常的に意識していました。

ワークウエアの力をご自分で作りだしていたということですね。

もっと振り返ると、高校時代のサッカー部は小さな学校の弱小チームだったので、ユニフォームとかカッコよく揃えることができなかった。試合などで強豪と接すると、その揃ったユニフォームのカッコヨサ・強さ・堂々とした力強さに圧倒されたのを覚えています。「チームの一体感」「統一感」が「プライドと自信」となって表れているように見えていたのです。今まさしくHARADAでユニフォームに関わっていますが、そんな昔の体験や感覚、経験や知識が全て活きている気がします。

具体的に、HARADA に入社したきっかけは何でしょうか?

知人の紹介で原田社長にお会いしたときに「自分たちで企画したモノ創りをしたいんだ!」と熱く語られたので「これだ!」と。僕も自分で企画してモノ造りをしたい、と考えていました。そして、今までとは違ったBtoBの営業を身につけたい、と思って入社したのです。でも入社して配属されたのは周南店店長でした(笑)

店舗プロとして!(笑)入社後の仕事はどのように進められましたか?

僕としてはアパレル店舗経験を活かして、「作業着のお店」から「命を守るカッコイイワークウエアのショップ」に変換しようと様々な企画して、新しい商品展開やターゲット展開を仕掛けるようにしました。周南店の「Holiday」ブランドは『いつも作業着姿でかっこいいお父さんが家族のために、いつもとは少しだけ違うワークウエアに身を包んで、裏庭のバックヤードを素敵にガーデニングしたり、約100ヤードの家の周りをファミリーで気持ちよくオサンポしたりする』イメージで1昨年立ち上げました。

店舗統括マネージャーという立場。得意分野でのびのび仕事をしたという感じでしょうか?

いえ、全く順調ではないですよ。5年ぐらい前、自分自身が煮詰まってしまい周囲に対して尖ってしまっていた時期がありました。自分はここでなにができるんだろう? 次は何を目標にすればいいんだろう? と将来が見えなくなっていた時期もありました。

スランプという段階なのでしょうか?

その頃、広島の恩師が監督をしているサッカーチームの試合を観戦しに広島へいきました。大会の決勝戦、そこで見たのは、100人以上の保護者達が揃いの真っ赤な応援Tシャツを着る大応援団でした。「なんだこれは!!!」…大衝撃でした。今でこそ揃いのTシャツをつくるのは普通になりましたが、当時山口にはそんな発想がなかったのです。ちょうどレノファ山口や山口国体の案件が立ち上がってきた時期でした。これからはTシャツだ!と、僕はノベルティTシャツの企画営業に走りました。学校時代の仲間やボランティア団体など、感触は良好で「これなら事業としていけるのではないか」、と「PrintMarket」の事業案をあげました。しかし、その時点では社内で大反対にあいました。ロットが小さい、まだマーケットが育っていない、とリスクが大きかったのです。

その時は時期尚早だったのでしょうか。それで諦めたのですか?

僕は社内で「言いたいことを言う」タイプです。それは、衝突を恐れて良いと思ったことを言えない組織は健全じゃない、と思っているからです。しかしこの時はめげてしまい「あ〜これができないなら自分で独立して事業を始めようかなあ」とまで考えていました。そんな時に、社長に「ちょっと腹割って話そう」といわれまして、そこで本当にぶっちゃけ話を(笑) 話を聞いてもらった上で「今求められていることは何か」と話をしているうちに「もう一度PrintMarketを立ち上がらせよう」という気持ちになったんです。

その時の「男同士の腹を割った話」がなければ今の安永さんはなかった!

そうですね。「やるべき仕事」について冷静に考えることができました。社長はいつも社員の様子や変化に気を配っているんです。「○○はこの頃ちょっと元気が無さそうだから声をかけてみてほしい」と言われることもあります。家族的な仲間、というのは「明るく騒ぐ」というだけじゃない。だれでもうまくいかないときや落ち込むときがありますよね。そのような心の動きをちゃんと気付いて、乗り越えられるように助け合う、そんな部分も大きいと思います。

現在、店舗マネージャーとしてのやりがいはどのように感じておられますか?

仕事って、想像していないことが起こりますよね。でも最終的にいちばんの底力は「人」だと僕は思っています。人を動かして何かをやりたい、というよりも今は、ここに集まった仲間の原石をどうやって磨くか、個々の可能性をどのようにして広げていくか、それが大切な仕事だと感じるようになりました。HARADAの人、ワークフィッターの人はいいね、という「人の価値」を上げたいなと。それって、本当に奥の深い世界ですよね。

独創的なプレーヤーから、チーム力をアップさせるリーダーに進化した感じですね!

そういえば、いつも僕はサッカーチームの中で「チーム力」をいかにしてパフォーマンスにするか、を考えていた気がします。やっぱり繋がっているんですね(笑)でもそのためには、「生きている組織」であることが大切だと思うんです。これはレストランで学んだことなんですが「水をため込むな」。水が溜まるとそこで澱んで腐ってしまう。新しいものや異質のものを取り入れず衝突や冒険を回避して今まで通りにしているだけでは、組織は必ず死にます。だから仕事でも黙らない。発展には発言が絶対必要だと思っています!

では少しプラベートの質問です。休日には何をされていますか?

休日は8歳と5歳の子供と一緒に遊ぶことが多いですね。あとはカメラ、スポーツ、自転車、モノ作り。社会人サッカーチームにも所属していますが、週一の練習になかなか行けないですね...

では恒例の最後の質問です。ご自分を動物にたとえると何でしょうか?

人なつっこい犬だと思います。柴犬のような。決して人を裏切らない!

ご自分を「ユニフォーム」「HARADAの商品」にたとえたら何でしょう?

僕はアメリカンカジュアルが大好きなので「Tシャツ」でいたいですね。Tシャツって普遍的で年中着られる、年中使える。丈夫で長持ち。ベーシック。それなのに「化ける」。プリントひとつでブランド物にもオンリーワンにもなれるじゃないですか。ドレスアップのアイテムにもなれる。こんなに自由度の高いウエアって凄いと思うんですよね。

まさに自由の国アメリカの精神ですね!

おまけに最後には切り刻んでウエスにもなるという(笑)最後まで無駄にならない生きざまが素晴らしいですよね(笑)



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